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「あの人は今」その2
さて、その1に引き続いて、その2でも過去に受賞された方に質問していきたいと思います。

今回は建築新人戦2011年優秀新人賞にえらばれた田原大資さんです。
 九州大学芸術工学部 卒業制作 「頭上の奥」
 Y-GSA 2013年度前期最優秀作品賞受賞作品
 西沢スタジオ「公私をまたぐ屋根の連なる商店街」

・一番好きな建物とその理由をお聞かせください。
 
ヒルサイドテラス
建物それ自体ではなく都市の部分として、時代を超えてその場所にあり続ける強さを感じられることが大きな理由です。あらゆる場所が、様々な時間経過の中で、様々な要素が集まってできた取り替えのきかない場所だと考えています。
ですが、その場所の個性とはほとんど無関係に乱立する多くの建物に対して、違和感を感じる人は少なくないと思います。ヒルサイドテラスは、建物の寿命が短く建て替えの多い日本の都市において、機能・用途等、様々なソフトな変化を受け入れながら、或はハードな要素を含んで建物それ自体が変化していきながらも、建物の形式を引き継いで更新されていく、例えばルーブル美術館のような冗長性を備えた建築ではないかと考えます。その場所に置き換え不可能な形式をもつ建築として、建築の持つ役割が建物内に閉じず、その場所を構成する物理的なコンテクストとなることで、更地にされて全く別物に取り換えられる事を拒絶する強さを持ちうると思うのです。
都市の場所について、アルドロッシは著書『都市の建築』において、都市は集団的な記憶の場所として、過去から未来を貫いて存在する集団的な財産であり、そのためにはモニュメントの存在が必要であり、それを構成する上で様式が必要であると述べていますが、それを現代的で日本的な形式によって達した建築ではないでしょうか。
 
 
影響を受けた建築家建築家はいますか?居たらその理由もお聞かせ下さい。
 
鵜飼哲矢
建物を建てることの価値をクライアントの為であることに留まらず、その建物が建てられる街に寄与することは困難を極めると思います。
鵜飼哲矢氏はそれを可能にする建築家であると思います。例えば商業施設を設計する際、限られた予算で経済的に高いパフォーマンスを求められます。決して安くない建築の設計に利回りを期待するのは勿論のことですし、それが出来ないようであれば建築の成立は不可能でしょう。一方で、その建築が存在する場所の価値をそこに住まうお年寄りや小さい子供、主婦にとって日常的に訪れる暮らしの場として、気軽に遊びに行けるような場所としての価値を同時に備えられるという所に期待しているのです。
愛知県刈谷市にある刈谷ハイウェイオアシスは、田舎のパーキングエリアでありながら、ディズニーランド、USJに次いで日本第三位の来場者数を誇ります。非日常空間としての機能を求め毎年多くの来場者を呼び込むのではなくジャージやエプロン姿で、週5で通うおばちゃん達をはじめその町に住む人達が根強く足を運ぶことで達成されているものです。
敷居の低く訪れやすい場所とすることが年々増加する来場者を集め、数字につながっているのです。ここに私は時代を超えて存在し得る建築としての魅力を感じます。
建物の派手さではなく、その建築が如何にその近辺で日常生活をおくる人達に愛され、街と切り離せない関係を構築しうるかについて考えている建築家です。
 
 
人生のターニングポイントとなったことがあれば、そのショートストーリー的なものを教えていただけませんか?
 
鵜飼先生との出会いでした。鵜飼先生のエスキスはとても短いですが、直感的な判断と一言に毎回はっとさせられました。学部二年生の右も左もわからない自分に与えられたのはいつも一言のアドバイスですが、何度もその一言に救われました。当たり障りのないものではなく、常にどこかぶっ飛んだような、思考の枠を壊すようなものばかりだったように思います。一言であるが故に私を含め多くの学生が先生のエスキスを持ち帰って何度も思考を繰り返し、意図の真意を追い続けられたのかなと思います。建築とは出来るだけ分かり易く具体的なカタチで価値を示すことなのだと学びました。経験とブレない思想によるものであるかもしれませんが、一瞬にして、常にクリアではっとさせられることの凄さに感動したこと、一貫して誰に対しても親しみやすい人柄に強く惹かれたことが入所の最初のきっかけだったと思います。
 
 
作品を創作する際こだわること(特に気を付けること)は、ありますか?
 
膨大な数の建物が消費されては壊されていく時代において、その場所に閉じず、その建築の影響を及ぼすスケールを広範囲にとらえ、現代的なプログラムを構成する建築でなければこれからの時代の建築として期待される事は難しいかと思います。建築を構成するディティールといった物理的要素だけではなく、主体的に使うまちの人達といったあらゆる要素の関係性で初めて成立する建築の中で私はその形式に最もこだわりを持ちます。
目に見える建物それ自体ではなく、それを構成する骨格としての建築の形式が如何にその場所と切り離せない関係となるロジックを作り得るかについて興味があります。先に述べたヒルサイドテラスや刈谷ハイウェイオアシスは両方とも建物が場所と関係する形式を備えてることで場所の一部となる強い建築であると感じます。その場所にあり続けてるという物質的な力を持つ、そういった建築を、場所と強い契りを結ぶ形式を備えた物理的コンテクストとなり得る建築であると考えています。建物の機能や構成要素が取り替えられようとも、その形式が様々な変化を受け入れてその場所に存在し続ける建築を支えることを可能にするのだと思います。
ですから、作品を創作する時に私は、どのような形式が場所と呼応出来るかというスタディにエネルギーを多く費やします。

学生時代に最も頑張ったことはなんですか?
 
Y-GSAのスタジオ課題です。
二年間で4スタジオの内どれかに優越をつけて取り組んだことはありませんでしたので、どれも苦しんだことを鮮明に記憶しています。その分成果をあげられたというと悔しいですが、とても良い経験になりました。Y-GSAでは四人(北山恒、小嶋一浩、西沢立衛、藤原徹平)の厳しいクリークで毎回作品をあらゆる角度から批判されるのですが、力強く論破できたのはただの一度もありません。むしろ、徹底的にうちのめされることがほとんどだったように思います。ですが、そうした中で自分は建築にどのような期待しそれをどのように実現するかについて弱いなりにも、必死で理論武装する中で建築に対するじぶんの考え方・思想が鍛えられたように思います。M1の前期西沢スタジオで、西沢さんに「相対的に語れないならそんなの建築じゃないよ」と言われたのが最初の洗礼でした。笑
それまで、学部時代に必死に形を構成することのみに全力でしたが、二年間で如何に建築を広く捉え、自分の思想で仮説を立てて組み立てられるかについて悩みました。建築の価値、強度をいかに捉え設計するかという思想抜きには独りよがりのカタチ遊びとなってしまいかねないですから、四人の教授、四人の設計助手、四十人強のY-GSA
生と共に議論し制作した時間は何ものにも代えがたいと思います。

以上、「あの人は今」でした。

 
「あの人は今」その1
皆さんこんにちは、記録班の工藤です、前年まで「あの人は今」はパンフレットに掲載していましたが今年はこの新人戦ブログで行いたいと思います。

第1回目は建築新人戦2011で優秀新人賞にえらばれた福島英和さんに質問させていただきました。
福島 英和 フクシマ ヒデカズ
福島 英和さん
この作品は建築新人戦時のもので、自分の原点とも言える作品です。3年生といえば建築を学んで間も無く、自分の中の素直な気持ちが表れた作品だと思います。逆に言うと、今思えばまだまだ未熟なものを評価されてしまったという難しい気持ちもあり、3年生の時点で建築作品の良�
 
この作品は建築新人戦時のもので、自分の原点とも言える作品です。3年生といえば建築を学んで間も無く、自分の中の素直な気持ちが表れた作品だと思います。逆に言うと、今思えばまだまだ未熟なものを評価されてしまったという難しい気持ちもあり、3年生の時点で建築作品の良し悪しが評価される建築新人戦ならではのジレンマを抱えた、自分の中では初心を思い出すことのできる教訓めいた大切な作品でもあります

現在は米澤隆建築設計事務所に所属しています。事務所では、学生達も巻き込み勉強会形式でプロジェクトを進めています。多くの学生と共に日々建築に奮闘中です。

現在は米澤隆建築設計事務所に所属しています。事務所では、学生達も巻き込み勉強会形式でプロジェクトを進めています。多くの学生と共に日々建築に奮闘中です


・一番好きな建物とその理由をお聞かせ下さい。
私が一番好きな建築は「銀閣寺」です。
銀閣寺には今までに数回訪れていますが、毎回異なる表情をしており、毎回新しい感覚を体験させてもらえます。銀という名前を持ちながらも限りなく控えめに建ち、周囲の庭と一体となって世界観を生み出しているところがとても好きです。特に紅葉の頃の銀閣寺の色とりどりの樹々に囲まれたたたずまいは、全体として宇宙のような、金をも凌ぐ輝きを放っているように感じました。そして現代においても時代を超えて人々を感動させ、世界中から人々を惹きつけているという事実は、日本が誇るべき建築であることを証明しているのだと思います。



・影響を受けた建築家はいますか?居たらその理由もお聞かせ下さい。
影響を受けた建築家は、米澤隆さんです。
米澤さんは大学の先輩でもあり、学生時代を通して建築活動を手伝わせていただいていました。その活動の中で他の先輩後輩とのつながりもでき、議論を交わしていく中で建築の楽しさや難しさやその意義を学び、非常に充実した学生時代を過ごすことができました。
建築とは過渡期の産物でしかなく、その建築を通して交わる人々の関係性や社会の動向の中にこそ本来の意義がある、ということを米澤さんから教わりました。



・作品を創作する際、こだわること(特に気を付けること)は、ありますか?
本質を見ることです。建築は人のためのものなので、建築をつくることは目的ではなく、その先にある人々の生活を豊かにするための手段でしかありません。自分のつくりたいカタチや表現したいことを考えるのではなく、何のために建築をつくるのか、建築によって何ができるのか、自分のためではなく、その建築を使う人たちにどのような良いことが起こるのか、周辺の街がどのように変わるのかなど、その建築を通して生まれる物語を想像することが大切だと考えています。
そのためにリサーチに力を入れています。敷地周辺の歴史、気候風土、お祭り、コミュニティなどの特徴や、設計する建築用途の歴史や変遷、過去の事例などを詳細に調べ、今、この場所に何をつくるべきなのかを見出します。
学生の頃は自分のやりたいこと、表現やカタチに捉われがちになりやすいですが、自分は画家や彫刻家になりたいわけではなかったので、もちろん表現は重要ではありますが、表層の中だけで考えるのではなく本質を見失わないことを心がけていました。色々な学生コンペなどがありましたが、そこで得られる評価が全てではなく、それによって繋がる人間関係やその作品を通して行われる議論にこそ意味があるのだと思っています。

・学生当時、最も頑張ったことはなんですか?
研究です。私は環境工学・環境デザイン系の研究室に所属していて、都市の気候を実測したり、環境の変化と人の心理との関係を考察したり、人体〜建築〜都市まであらゆるスケールを対象に、環境と人の五感にまつわる研究をしてきました。
その中で私は、日々移ろう自然環境の中で建築がどのようにたたずまいを変えるか、天候・時刻・季節の変化をパラメータとした実際の環境的な実測調査を通して研究していました。夏の晴天の青空が似合う建築、梅雨のどんよりした雨の似合う建築、冬の寂しげな夕暮れの似合う建築など、同じ建築でも周囲の状況によって全く印象が異なります。
建築はひとつの完全なものではなく、その時々の様々な要因の中で移ろう不完全なものでしかなく、その総体の中から現れてくる雰囲気のようなものが建築の魅力を生み出しているのではないかと思っています。
また実際に気候風土を肌で感じることも重要で、都市や建築の中での温熱環境や風環境、光環境などと心地良さ、心地悪さの関係を、理論上の話だけでなく、実体験として感じられたことが自分の中の強みになっているのだと感じます。
 
・職業的に人生のターニングポイントとなったことがあれば、そのショートストーリー的なものを教えていただけませんか?
学生の頃に運良く実施のプロジェクトに関わらせていただいたこともあり、その体験がとても大きかったのかなと思います。実際にクライアントの方がいて、自分の考え方次第でその人や周りの街のあり方を左右してしまうという恐ろしさと、自分の考え方次第でその人や周りの街を幸せにできるという希望を同時に考えるというのは、とても責任感の必要な仕事なのだと感じました。結果的に検討に検討を重ねた部分がとても上手く機能し幸せな状態を生み出せたことが、建築家の社会的意義や建築空間の力を体感できたという点で私の中でとても大きな経験でした。